nearproの日記

特に意味はありません。主に読んだ本をただただ記録します。

晩年

晩年 (新潮文庫)

晩年 (新潮文庫)

僕が太宰治に傾倒するようになったのは、彼の「お伽草紙」の浦島さんを読んだからなのだけど、僕が小説家を夢見て、人に対する言葉を意識するようになったのは彼の「道化の華」を読んだからだと言える。実家に置いてあるボロボロの新潮文庫には、当時の僕が引いた水色の蛍光ペンの線がはっきり残っていた。実家に帰って暇だったので再読。

鎌倉で心中を図り、女だけが死んで自分が生き残った、そんな中、小説家としての道を歩み始めた太宰の処女短篇集が「晩年」。「撰ばれてあることの恍惚と不安と二つわれにあり」という有名なエピグラフから始まる「葉」などシビれる短編が多いけれど、どこか皆、キザったるい。悪く言えばダラダラしているのだけれど、そのダラダラに魂を揺さぶる言葉が落ちているのが恐ろしい。

その中でも「道化の華」は、心中でひとり生き残った太宰の投影である葉蔵とその周りの物語の中に、作者としての太宰がいちいち注釈を入れるという前衛的な小説。はっきり言って注釈は邪魔で、ときたま鬱陶しいと感じた。ただ、書かれていることが一々、僕のことを言っている気がしてならない気持ちになり、小説家としての太宰の苦悩と、ある種、確信犯的にやっている自信がみれる。

彼等は腹の底から笑えない。笑いくずれながらも、おのれの姿勢を気にしている。彼等はまた、よくひとを笑わす。おのれを傷つけてまで、ひとを笑わせたがるのだ。

たまたま聴いていたディランII曰く、「サーカスにはピエロがつきものなのさ。だって、いつもいつも君が笑っているとは限らないもの」