カメラ・オブスクーラ
- 作者: ナボコフ,貝澤哉
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2011/09/13
- メディア: 文庫
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「ロリータ」の著者として有名なナボコフが33歳のころにロシア語で書いたロリータの原型とも言える小説。美しい少女マグダに心を奪われ、全てを失う中年男クレッチマーのお話。
クレッチマーは馬鹿みたいにマグダに心を奪われ、危険な火遊びをしてしまった結果、平穏な家庭は崩壊し、愛娘は病気で死ぬ。それでも火遊びをやめられない彼は、マグダの元愛人に散々騙された挙句、事故で失明をしてすべてを失う。
僕は、クレッチマーを馬鹿な男だと思いながらも、どうも完全に馬鹿だとは思えないまま読み進めて、結局読み終わってしまった。騙されてると普通の人ならわかるような状況でもクレッチマーは全くもって自分の迫りくる不幸に鈍感であり続けた。(例えば、失明をしてマグダとその元愛人との3人で暮らしているのに気づかなかったり、すぐ隣でマグダが元愛人と愛し合ってるのに気づかなかったりと)
ずっと抱えていた違和感は、光文社古典新訳文庫の例のごとくすばらしい訳者の解説で何となく腑に落ちた気がした。「見えているようで見えていない」というのがこの小説の本質であり、私がクレッチマーを馬鹿だと思うのは、彼が見えていないものを見ていたからでしかなかった。
なんの疑いもなしに自分が見ているものを信じているクレッチマーは、日常の僕達と何一つ変わらない。唯一、彼が不幸だったのは車の運転が下手だったことだけなのかもしかない。
ようやく彼は立ち上がり、彼女に近づき、皺のよったバラ色のかかとに貼られた黒くて四角い絆創膏を見つめ――いつのまにはったんだろうか――太くはないが堅く締まったふくらはぎの金色に光る肌を見つめて思ったのは、彼女を殺すことはできても、彼女と別れるなんて無理だということだった。
恋は盲目。という言葉があって、本当にそうだなぁと思うことが多々あるのだけれど、人生だって、自分が見ている、実は単なる虚像を追いかけているだけかもしれない。