ひとさらい
- 作者: ジュールシュペルヴィエル,Jules Supervielle,永田千奈
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2013/11/08
- メディア: 文庫
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南米出身の栄誉ある軍人、ピグア大佐はネグレクトを受けている子供を保護して家族にして以来、自分の父性を保つためにひとさらいとなる。心優しい大佐が罪悪感と愛情を同時に背負う様子は同情すら誘う。
しかし、フランス人の少女マルセルを家族として迎え入れた大佐は、マルセルに惹かれはじめる。マルセルも自分を貧しさから救った大佐に親以上の感情を抱くが、歳の近いジョセフによって強引に生娘では無くなってしまう。
ジョセフは家から追放されたが、マルセルの妊娠が発覚し、逃げるように南米へ帰ろうとする大佐。
そして、自分の社会の窓が開いているところを偶然見られてしまったことによって大佐はいよいよ狼狽し、南米へ引っ越しを決意するも、大西洋の海へ身を投じる。
親としての愛情と、男としての愛情、そしてかつての名声の間で揺れる大佐は、威厳どころか神経質で滑稽な男だ。しかし、最後までその葛藤に苦しむ彼の姿は人間味が溢れていて、僕は笑うことが出来なかった。
サロメやカメラ・オブスクーラと同様、これも視線の小説だった。好きだから見るし、気づかれまいと見ない。それでも勝手に口はしゃべり、身体は動く。そして本人以外は自分の視線の先にあるものしか認識することができない。さらわれた子供たちは親から見ることを拒否され、大佐は子どもたちを見ている。平等だった視線が少女によって偏りを生み、その偏りが人々の行動を次々と変えていく。
エレーヌは息子のことをよく知らなかった。だが、息子は彼女に実によく似ていた(彼女は今になってふと思った――似ているからこそ、これまで本気で愛情を注がずにきてしまったのかもしれない)。あの子は、いつだってあらゆることに好奇心を抱き、人生が変わる瞬間を待ちわびているようだった。
シュペルヴィエルの長編ということで幻想的なものをイメージしがちだけれど、間違いなくフランス文学の王道、心理小説である。それでも、言葉のひとつひとつに彼の才能を感じる。