nearproの日記

特に意味はありません。主に読んだ本をただただ記録します。

痴人の愛

痴人の愛 (新潮文庫)

痴人の愛 (新潮文庫)

谷崎潤一郎関東大震災後に関西に移住して発表した代表作の一つ。谷崎の独特な文章が印象深い名作。個人的に志賀直哉のような文章のほうが好みで、三島由紀夫なんかはちょっと苦手だけど谷崎潤一郎の文章に関してはもはや苦手を通り越して逆に素晴らしいと思ってしまう。

谷崎の文章はとにかく、くどい。情景はもちろん、心情の描写にしても、あれはどうだこれはどうだと次々に言葉を書き並べて読み手に浴びせかける。しかしそれが美しい流れになって勝手に迫ってくるものだから逆に読みやすいのだ。

痴人の愛も例に漏れずくどい。ただ、春琴抄のような良くも悪くもねちっこくて耽美的な、というよりは平素で語りかけるようなくどさだ。

話の筋としては、コケティッシュな悪魔のような女性(=処女)によって破滅に陥る男のお話、というもの。僕の大好物。

美しい15歳のナオミを引き取って自分好みの女性に仕立てあげようと奮起するいい歳をしたおっさんが大人になっていく少女に騙されて弄ばれて、それでも一度知ってしまった彼女の魅力に負けて最後はその美の前に屈服する。ほとんどの人は「馬鹿だなぁ」と思いながら読み進めるだろうけど、男であればどこか心の底から彼を軽蔑することはできない気もする。

譲治は、すべてを破滅させる悪魔のような美に出会ってしまった不運な男とも言えが、それよりもむしろ、すべてを捧げても良いと思える天使のような美に出会うことができた幸運な男と言ったほうがいいのかもしれない。そしてその美を愛してしまった彼にとって、この物語は決して不幸な物語ではない。だから彼はこれを単なる一つの記録として語るのだ。

当時の日本や東京の文化や風俗の解説としても有用。いまから90年も前の発表なんだけれども、ナオミの男友達の慶應の学生たちを見て、これが僕の知らない慶應ボーイか……って今さらながらげんなりした。このあたりの登場人物の書き方も上手い。譲治と共に彼らに激高し、彼らに同情してしまった。

よく世間では「女が男を欺(だま)す」と云います。しかし私の経験によると、これは決して最初から「欺す」のではありません。最初は男が自ら進んで「欺される」のを喜ぶのです、惚れた女が出来て見ると、彼女の云うことが嘘であろうと真実であろうと、男の耳には総べて可愛い。